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生きかたのこと 9

「生きかたのこと」part 9 は、06年春から初夏にかけて書いたものを
集めてみました。


◇ 8この質問

 先日、友だちに教えてもらいました。
 8この質問です。 
 それぞれの質問に、あなたは何と答えますか?

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 忘れてならぬのは?

 捨ててならぬものは?

 人に与えるものは?

 繰り返してならぬものは?

 通してならぬものは?

 笑ってならないのは?

 聞いてならないのは?

 お金で買えないものは?


 僕の答えです↓。
 ----------------------------------------------
 忘れてならぬのは?・・・少年の頃のこころ。自分らしさ。

 捨ててならぬものは?・・・プライド。オリジナリティ。

 人に与えるものは? ・・・きっかけ。勇気。

 繰り返してならぬものは? ・・・同じ過ち

 通してならぬものは? ・・・無茶(少し位の無理はいい)

 笑ってならないのは? ・・・つまらないギャグ

 聞いてならないのは? ・・・こころが弱い人のお願い

 お金で買えないものは? ・・・自分。過去。


◇ ○○のつもり

 ネットで「つもりちがい十ケ条」という文章を見つけました。
 (出典は、天台宗の両子寺というお寺でした)

 なかなか味わいがあるので、↓ご紹介します。

 高いつもりで 低いのが教養   低いつもりで 高いのが気位
 深いつもりで 浅いのが知識   浅いつもりで 深いのが欲望
 厚いつもりで 薄いのが人情   薄いつもりで 厚いのが面皮
 強いつもりで 弱いのが根性   弱いつもりで 強いのが自我
 多いつもりで 少ないのが分別  少ないつもりで 多いのが無駄
 そのつもりでがんばりましょう

 ↑どうですか。 痛いとこ、突かれた感じがしませんか?

 僕も、↑の「根性」とか、「無駄」とか、「そうそう」と思いながら、
 頷いていました。

 僕もマネして、↓こんなの、つくってみたんですけど、どうでしょ?

 強いつもりで 弱いのが酒  
 十分なつもりで 不十分なのが気配り 
 あるつもりで ないのが人望
 若いつもりで 老いていくのが現実 
 終わったつもりで きりがないのが仕事


◇ Q & A

 人の話を一方的に聞くのは、こどものころから苦手だった。
 今でも、講演会と名のつくものにはほとんど出かけない。
 あと、(誰でもそうかもしれないけど)説教は全くダメ。

 人が話したことには、(悪い意味じゃなくて)疑問を持って
 当然だと思う。 だから、質問して、意味を確かめたくなる。

 逆に、自分が話すときも、質問があって当然だと思う。
 話す→質問する→答える→・・・
 この流れが、スピーディーなサッカーのパス回しや軽快な
 テニスのラリーみたいに続くと、心地いい。

 会話そのものを楽しめるのは、こういうときだ。
 自分も、相手も、お互いがお互いに触発されて会話が発展する。
 「えっ? 僕こんないいこと考えてたっけ?」なんて思えるときは
 会話が絶好調のときだ。

 しごとの話は、わかりやすく、要領よく。
 プライベートの話は、まじめなときは、じっくりと。 
 そうでないときは、スピードとノリと笑いがほしい。

 だからと言って、本屋さんにならんでいる「会話テクニック」の
 類(たぐい)の本に手を伸ばす人の気が知れない。
 大人なんだから、自分らしく会話しようよ。と、僕は思う。

 話のおもしろい人、わかりやすい人が好きだけど、同時に思うのは、
 質問のうまい人が好きだということ。
 質問のうまい人は、勘がいいというのもあるけど、人の話を
 ちゃんと聞いている、その人の気持ちを考えている人だと思う。  


◇ 化学反応

 最近、「化学反応」ということばがお気に入りでよく使っています。
 と言っても、実験君になってるわけではなく。 
 そう。 人と人との化学反応のことです。

 入社の時の成績が1番と2番の社員が組んでも、いい仕事ができる
 とは限らない。

 美男と美女が出会っても、恋に落ちるとは限らない。

 サッカーのうまい順に11人集めたからと言って、最強の日本代表が
 できあがるわけじゃない。

 いちばん偏差値の高い大学を出た人が、こどもたちにとって最高の
 先生になるわけじゃない。

 人と人の出会いは、時として、当人たちですら思いもよらぬ効果を
 生むことがありますよね。
 しごとでも、スポーツでも、グループでも、友だちでも、恋愛でも。

 「僕(私)、あの人と出会ってから、何だか調子いいんだよね」
 というのは、思わぬ化学反応が起こっているときかもしれません。

 もちろん、相性とか、タイミングという要素もたいせつでしょう。
 でも、結果は神のみぞ知る。 だから人と人の出会いはおもしろい
 のではないのかなあ。 だから、いろんな人と知り合って、いろんな
 化学反応をたのしめばいいんじゃないのかなあ。

 だから、偶然にばかり期待していないで、時には積極的に化学反応
 に飛び込んで行かないとね。


◇ いつまでも

 いつまでもこの時が続けばいいのに・・・・・・。
 そう思うとき、僕らは幸せだ。

 いつまでも続いてほしい時は、数時間単位のこともあれば、
 数日単位、数週間、数ヶ月、数年のこともある。

 たとえば、自分のツボにハマった小説を読んでいるとき。
 僕は今、そういう小説を読んでいる(佐藤 多佳子 「黄色い目の魚」)。
 読み終わりたくない気持ち。 だけど、あと50ページで終わってしまう。
 読み終わったら、すぐにもう一回読んでしまうと思う。

 たとえば、自分の感性を打ちのめすような映画を観てるとき。
 たとえば、めったに会えない友だちと昔のように語り合っているとき。
 たとえば、両チームが死力を尽くして闘っているサッカーのゲームを
 観ているとき。
 たとえば、気の合う仲間と数ヶ月かけて大イベントの準備をしているとき。
 たとえば、完璧なチームワークでしごとをしているとき。

 でも。 そういう時もいつかは終わる。
 さみしさも感じるけど、満たされた気持ちが勝っていることが多い。

 そういう時を感じる感性をいつまでも持ち続けたい。
 そういう時や出会い、仲間に感謝できる人間でありたい。

 そして。 これまでの「いつまでも続いてほしいと思う時」よりも
 いい時を持てるこころでいたい。


◇ アリとキリギリス

 イソップ童話の「アリとキリギリス」。
 こどもの頃に、この話を聞いたとき、なんかしっくりこなかった
 記憶があります。 「そりゃアリはえらいけどさあ。 ちょっと
 しんどそうだなあ」と。

 で。 最近、この話を例にあげて、僕が話したこと↓。

 「みんなアリみたいにいっしょうけんめい働いてるけど、そのわりに
 報われてないような気がしない?
 いっしょうけんめい働いても、あたまの中が(キリギリス
 みたいに)いいかげんだったら、そりゃあ、報われないよ。
 逆だよ、逆。 キリギリスみたいに自然体で働いて、あたまの
 中がアリみたいに、自分というものがあれば、けっこううまく
 行くんじゃないのかなあ・・・」

 ↑ちょっとわかりにくいかもしれませんが、公私ともに、コツコツ
 だけが美徳じゃない。 むしろ、キリギリスみたいに自由に生きた
 方が幸せかもしれない。 でも、ただ自由なだけでは、現実逃避
 になっちゃうから、アリみたいに、しっかりした自分もだいじだよね。
 で、結果として、(できれば自然にだけど)アリみたいに何かを
 残せたらいいよね。という意味です。 残すものは、目に見える
 もの(お金とか)もいいけど、むしろ、目に見えないもの(たとえば、
 幸せとか)がいいかなあ・・・。 


◇ プロ意識

 私たちは、才能に恵まれて、もしくは好きなことを
 やりたくて、はたまた、会社から与えられたしごとで、、、
 事情はそれぞれ異なるかもしれないが、しごとをしてお金を
 いただいている。 そういう意味では、みんなが「プロ」である。

 僕なりの「プロ意識」って、↓のようなこと。

 ・プロはできてあたりまえのことを誇らない。
 ・プロは常に一番をめざす(出世じゃなくて業界で一番を)。
 ・プロは言い訳しない。
 ・プロは今の自分に安住しない。
 ・プロは約束を守る。(できればストレッチ気味の目標を)
 そして
 ・プロは自分に正しい自信を持てる。
 ・プロはストイックさと楽しむことのバランスを知っている。

 書き出すと、キリがないのでこれくらいにしておきますが。
 (ちょっとかっこいいことを書きすぎたかな)

 えらそうだけど、しごとのプロであり、プライベートの達人
 でもありたい、と心から思う。(がんばります)


◇ こころの振れ幅

 書評家 藤田 香織さんの話(の要約)↓。
 (出典:新潮文庫「青空チェリー(豊島ミホ著)」解説)

 ・人は、歳をとると、次第に自分の感情をある一線で保たなければ
  という意識が働くようになる。

 ・傷ついたり、凹んだりしても、明日はやってくるので、いつまでも
  落ち込んでいられない。

 ・うれしいことがあっても、世の中には「他人の幸せ=自分の幸せ」
  と思う人ばかりではないので、ストレートに喜びを表現するのも
  ままならなくなってくる。

 ・なるべく心乱されぬように。 普通でいられるように。 少なくとも
  外からはそう見えるように、情緒を安定させて過ごすようになる。

 ・でも、↑みたいなことを繰り返していると、どうしても、こころの
  動き=感情が鈍くなってしまいがち。

 ↑どうですか? 僕は、ここ何年か、自然体でこころがしなやかに
 なることをテーマに生きてきましたが、↑を読んで、もしかしたら、
 こころの振れ幅が小さくなっていないだろうか?と、少し不安に
 なりました。

 こころが落ち着くこと自体は悪いことではないと思うけど、処世術や
 社交術ではなく、なるべく自然体でいられたらいいな、と思います。

 血の通った人間として、感情を垂れ流すのではなく、かと言って
 押し殺すのでもなく、自分の感情とうまく付き合っていけたらいいな。
 と、改めて思いました。(がんばろ)


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